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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)1807号 判決

原告

高見すま

右訴訟代理人弁護士

甲村和博

長屋容子

被告

石川洋

被告

森冬樹

主文

被告両名は原告に対し各自金一〇三万五六四〇円並びにこれに対する昭和六〇年三月一日から支払済みに至る迄年五分の割合による金員を支払え。

被告石川は原告に対し金六八五万六八四〇円並びにこれに対する昭和六〇年三月一日から支払済みに至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告両名に対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の、その六を被告石川の各負担とし、その余を被告両名の連帯負担とする。

この判決の原告勝訴部分は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  原告

1  被告らは原告に対し、各自金一〇一四万八〇八〇円並びにこれに対する昭和六〇年三月一日から支払済みに至る迄年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告森冬樹

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者双方の事実上の主張

一  原告の請求原因

1  当事者

(一) 原告は大正九年五月八日生れの老女で肩書住所地で夫及び三男と生活している。三男(三三才)は高校在学中にノイローゼになり、一旦は就職したもののすぐに退職し、その後精神病院への入退院を繰り返しつつ現在に至つているものであり、原告もまた高血圧症と顔面神経痛で長年にわたり通院治療を継続している。原告夫婦にとつては、三男の将来の生活が何よりの気がかりであり、夫は七〇才の老令にも拘らず働き続け、原告も高血圧症に苦しみながら和裁の内職を続け、またできる限り生活費を切り詰め、夫婦と三男の将来の生活費及び療養費のために貯蓄に努力してきたものである。

(二) 豊田商事株式会社(以下「豊田商事」という。)は、貴金属の輸出入及び販売等を目的として設立された株式会社であるが、被告石川洋は豊田商事の代表取締役であり、被告森冬樹は豊田商事名古屋支店の従業員である。

2  豊田商事の商法とその違法性

(一)豊田商事の商法は、大勢のテレフォンガールと呼ばれる女子従業員に無差別に電話をかけさせて金の購入を勧誘し、相手方が少しでも興味を示すと、直ちに営業担当従業員を顧客方へ赴かせ、長時間執ように粘つたり、あるいは孤独な老人に見せかけの親切行為をする等して金地金の現物購入を勧誘し、顧客が購入する気になつたところで営業所または支店へ連れて行き、「金地金を会社が保管してやる。更にこれを運用して賃借料を前払いしてやる。」旨言葉巧みに説明し、顧客に対し「純金ファミリー契約証券」なる紙片を渡し、顧客からは金地金の売買代金額から賃借料を差引いた金額を交付させるというものである。即ち、豊田商事は、金地金の「現物売買契約」と「純金ファミリー契約」を組合わせることによつて、顧客には金現物を購入したものと錯覚させているのである。

(二) 公序良俗違反(民法九〇条)

豊田商事は、預つた金地金を運用して利益を生み出し、預かる対価として時価の一〇パーセント相当の賃借料を予め顧客に払う旨説明している。しかし、金地金を運用して豊田商事がいうような利益を生み出すことは現在の我が国においては不可能なことであつて、その実状は、金地金の売買代金として客から交付させた金銭をそのまま小豆や大豆等の先物取引に注入していたのであり、顧客のために金地金を確保していたのではない。

このように、豊田商事の商法は、一旦顧客に売つた金地金を預かるという名目のもとに、主婦や老人等から現金を集め、この金銭をもつて不健全な投資を続けていたものであり、公序良俗に反するものである。

(三) 詐欺(民法九六条)

豊田商事は、金地金を仕入れて顧客に引渡す意思はないにも拘らず「金は絶対に値上りします。銀行預金より有利です。」等と金地金の購入を勧め、顧客が金地金の現物を購入する意思で売買契約を締結すると、更に、金地金を運用して利益をあげる方法が無いことを熟知しながら「当社から購入した金地金を当社へ預ければ、それを運用して利益を出して賃借料を支払います。」旨甘言をもつて顧客を欺き、顧客には安全確実で有利な金地金の現物の購入であると錯覚させて金員を交付させていたものである。豊田商事が右売買契約やファミリー契約締結の時点において、金地金を保有しておらず、顧客に償還する時点で購入していたという事実は破産管財人の調査によつて明らかである。従つて、これら一連の行為は民法九六条の詐欺に該当する。

(四) 出資法違反(同法二条)

豊田商事は、不特定かつ多数のものから金地金の売買代金名目で金員を交付させ、その金地金の賃借料名目で利息相当額を右売買代金に付して返還すると約束し、そのまま金地金の売買代金を預かるものであり、これは経済的には業として預り金をしているものであり、出資の受入預り金及び金利等の取締等に関する法律第二条の預り金の禁止に該当する。

3  原告に対する豊田商事の勧誘と原告の金員交付状況

(一) 昭和五八年三月二〇日頃、原告方へ知らない女性から「金を買わないか。金は必ず値上がりして儲かるから。」という内容の電話が入つた。原告が、「金を買うなどということは始めて聞くことで分からない。」と答えると、その女性は「とにかく話だけでも聞いて欲しい。」といつた。

そして、同月二一日午前九時頃、被告森が、金の説明をしたいといつて原告方へ来た。被告森は、家事で忙しい原告につきまとい、原告が預金をしていることを知ると、「銀行の利息と物価の上昇を比較すると、物価の上昇の方が大きい。金を買つて豊田商事へ預ければ物価の上昇より高い配当金が貰える。金を買うと絶対に得である。」等と甘言を弄して執ように金地金の購入を迫り、「預金を下ろしてきて金を買いなさい。」と勧め、夕方になつても帰ろうとしなかつた。原告は、被告森の執ようさに困惑したこと、また、被告森の甘言に乗せられて少しでも利子が高ければその利子を生活費や療養費に回すことができると思つたことから、被告森の差し出す書類に署名押印し、結局五〇〇グラムの金地金二個の売買契約とその金地金を豊田商事へ預ける旨の純金ファミリー契約を締結させられてしまつた。

被告森は、翌二二日朝、原告方へ現れ、原告を同道して東海銀行へ行き、原告の定期預金三〇〇万円を解約させ、その三〇〇万円をそのまま金地金の購入代金の一部として充当させた。更に、被告森は、言葉巧みに「三男だけでなく長男や次男にも金を買つてやるべきだ。」等と勧め、原告をして、同月二三日に五〇〇グラム、同月二四日に五〇〇グラムの金地金を各購入して預ける契約を締結させ、原告を同道して中京相互銀行や十六銀行へ行き、原告の定期預金を解約させ、その預金解約金を金地金の売買代金名目で交付させた。

(二) その後、原告が被告森に対し、自分の買つた金を見たいと要求したところ、被告森は原告を豊田商事名古屋支店へ連れて行き金地金の見本を見せた。更に、原告が自分の買つた金は自分で持つていたいと希望したところ、被告森は、「一〇〇グラムの金地金なら自分で持つていても良いから一〇〇グラムの金を買いなさい。」と勧めた。原告は、その言葉に乗せられ、昭和五八年五月一一日、一〇〇グラムの金五個を購入する契約を締結させられた。その金地金の代金についても、被告森が同道して郵便局へ行き、原告の郵便貯金を解約して支払わせた。

なお、被告森は、この時原告が購入した金地金のうち二〇〇グラムを原告に渡したが、三〇〇グラムは直ちに純金ファミリー契約を締結させてしまつた。また、原告に渡した二〇〇グラムの金地金についても、被告森が、同年一九日に原告方へ行き、「自分で持つていては危険だから豊田商事へ預けなさい。」と強硬に勧め、純金ファミリー契約を締結させて持つて行つてしまつた。

(三) 原告は、それまでに蓄えた預貯金の殆どを豊田商事に支払つてしまつたが、豊田商事から賃借料が入るようになれば生活が楽になるものと楽しみにしていた。

ところが、被告森は、賃借料の支払期の近づいた昭和五九年二月頃から再び金地金の売買を勧誘するようになり、昭和五九年二月から昭和六〇年三月一日までの間に六回にわたり合計七〇〇グラムの金地金を購入する契約を締結させ、純金ファミリー契約を締結させた。この間に、原告に支払われるはずの賃借料は、金地金の売買代金に当てられ、原告の手には殆ど渡されなかつた。更に原告は、被告森に強要されて第一生命保険から保険金を担保にして金員を借り入れ、これを金地金の売買代金名目で交付させられた。

(四) こうして別紙被害状況一覧表(以下被害一覧表という。)記載のとおり、原告は昭和五八年三月から昭和六〇年三月までの間に金地金三、二〇〇グラムの売買代金名目で合計九三七万七五八〇円を豊田商事に交付し、一方、豊田商事から賃借料として別紙受取賃料一覧表記載のとおり合計金二一四万九五〇〇円を受取つた。

4  被告らの不法行為

(一) 被告石川は、豊田商事が設立された後の昭和五七年四月八日にその取締役に就任し、同六〇年二月一日代表取締役に就任した。そして、取締役に就任以降前記豊田商事の違法な商取引を積極的に企画実施推進し、かつ使用者に代つて被告森を監督するものとして、民法七〇九条、七一五条二項、商法二六六条の三に基づいて、原告の被つた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告森は、豊田商事の商法が違法であり、顧客に渡すべき金地金も、また預つた金地金も保有していないことを認識しながら、豊田商事の詐欺商法を積極的に分担実行し、被害一覧表記載のとおり原告から金員を交付させて原告に損害を与えたものであり、民法七〇九条の責任がある。

5  損害

(一) 物的損害 金七二二万八〇八〇円

詐取された現金合計金九三七万七五八〇円から、「賃借料」名目で受領した金二一四万九五〇〇円を控除した金額。

(二) 精神的損害 金二〇〇万円

原告は夫と三男と同居している満六五歳の老女であるが、自身は高血圧症と顔面神経痛で通院治療を受けており、三男は一〇年程前からノイローゼのため働くことが出来ず精神病院への入退院を繰り返している。

原告は、本件被害に会うまで、自分達夫婦と三男の将来の生活費、自分と三男の病気療養費用を準備するため、病弱の体を押して和裁の内職をし、現在の生活を切り詰めて貯金に励んできたのである。

被告森は、原告の生活状況を知りながら、その原告の心情に付け込み、銀行や郵便局の貯金より有利で安全であると欺き、原告にとつては三男と自分達夫婦の将来の生活のかかつている大切な預金を解約させ詐取してしまつたものである。

原告は、長年かけて蓄えた貯金を豊田商事にとられてしまつた結果、自分と三男の治療費にこと欠くようになり、将来への希望を失い、自殺すら考える毎日を送つている。

以上、被告らの手口の悪質さと原告の苦しみ等を考慮すると、原告の被つた精神的損害は金二〇〇万円をくだらない。

(三) 弁護士費用 金九二万円

原告は当初は自分自身で豊田商事と金員返還の交渉をしていたが、豊田商事は担当者がいない等と述べて交渉に応ぜず、原告はやむなく弁護士を依頼したものである。

弁護士費用は、(一)(二)の合計額の約一割の金九二万円が相当である。

6  結語

よつて、原告は被告両名に対し損害賠償として、各自金一〇一四万八〇八〇円並びにこれに対する昭和六〇年三月一日から支払済みに至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告森の答弁

1  請求原因1の(一)は不知、(二)は認める。

2  同2の(一)のうち、豊田商事が大勢のテレフォンガールと呼ばれる女子従業員に電話をかけさせて金の購入を勧誘していたことは認めるが、その余の事実は否認する。(二)、(三)、(四)の主張はすべて争う。

3  請求原因3のうち、原告と豊田商事との間で、被害一覧表記載のとおりの取引及び金銭支払がなされ(但し、番号一一はプラチナ一〇〇グラム二個分である。)、この取引を被告森が担当したこと、同(二)、(三)記載の純金ファミリー契約が締結されたこと、この取引に際し原告が郵便局の貯金を解約したり、第一生命保険から保険金を担保に金員を借り受けたことはいずれも認める。同(一)のうち、昭和五八年三月二〇日頃知らない女性が原告方へ電話したこととそのやりとり、同(三)のうち、原告が蓄えた預貯金の殆どを豊田商事に支払つてしまつたが、豊田商事から賃借料が入るようになれば生活が楽になるものと楽しみにしていたとの各事実は不知、この他の事実は否認する。

4  同4(二)は争う。

5  同5の(一)のうち、原告が豊田商事へ原告主張の金額を支払つたことは認める。同(二)、(三)のうち、原告及びその家族の生活状況やその心情及び原告が本訴提起につき弁護士を依頼した事情については不知。同5のうち、その余の事実はいずれも否認する。

6  (積極主張)

(一) 豊田商事は設立以来倒産直前までは、満期者への元本返還、賃借料の支払を滞りなく行つてきており、従業員に対しても二〇〇人の弁護団の指導をうけており、営業内容に違法な点はないと説明していた。また、被告森の上司は「これだけ大きくなつた会社で、こんなに長期間経営をつづけている会社が万一倒産するようなことがあれば、国が手を差し出すから心配するな。」と述べていた。こうした中で、被告森は午前八時ころから夜一二時迄完全に豊田商事に拘束され、成績が悪いからと減点されたり、管理職から他社員の前で物笑いにされたりしながらも、法に触れそうな部分は、むしろ顧客の立場にたつて行動してきたのである。

このように、被告森は豊田商事の説明を信じ、その営業を合法と考えて勤務してきたもので、原告に対し責任を負うものではない。翻つて、原告も投機的な思考で契約をした以上、豊田商事が倒産したからといつて、一番弱い立場にあつた元従業員に損害賠償を求めるのは不当である。

(二) 被告森が担当したのは、金の現物契約が殆どである。原告との純金ファミリー契約は名古屋支店の沢田部長や楯課長の命令をうけた唐沢係長が説明をして右契約に至つたものである。

三  被告石川は公示送達による呼出しを受けたが出頭しない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者)中(二)の事実及び請求原因2(豊田商事の商法とその違法性)(一)の事実中豊田商事が大勢のテレフォンガールと呼ばれる女子従業員に電話をかけさせて金の購入を勧誘したことは、原告と被告森との間で争いがなく、弁論の全趣旨から原告と被告石川との間においてもこれを認めることができる。

二不法行為

〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

1  被告石川は豊田商事設立以来、同社の取締役として、同社の代表取締役であつた訴外亡永野一男とともに、昭和五六年春頃から「純金ファミリー契約」なる金地金の現物まがいの商法を案出し、これを推進してきたものである。

2  ところで純金ファミリー契約とは、豊田商事が顧客に金地金を売却したうえ、賃料として右代金に対する年一〇ないし一五パーセントの割合による金員を支払つて、これを顧客から預り(豊田商事はこれを賃貸借と表示、説明しているが法的には消費寄託か、信託かあるいは賃貸借かの性質決定は困難なところである。)運用し、一年あるいは五年の期間経過後、顧客からの申出により、購入相当の金地金を返還するというものである。もつとも、殆どの場合、金地金の授受はなく、稀にあつても、その後純金ファミリー契約に切り替えることによつて、豊田商事は右金地金を顧客から引き上げるので、結局のところ、顧客からの豊田商事へは金地金の購入代金が支払われるのに対し、豊田商事から顧客へは単なる純金ファミリー契約証券なる証書が交付されるにすぎない。

3  純金ファミリー契約の欺瞞性

純金ファミリー契約は右のように、純金の売買とこれを豊田商事へ貸付けるという形式がとられているため、顧客は金地金の現物もしくはこれに相当する純金が豊田商事に保有されており、期限が到来すれば、何時でも金地金を手にすることができることから、安全な取引であり、しかも高額の賃料が得られるという有利な投資手段であると信じて右契約の締結に及ぶのであるが、実際は、金地金の売買とは名ばかりで、豊田商事は、多数の顧客に売却した数量に見合う金地金を保有していないし、顧客から受領した代金を金地金の保有のための資金に充てることもなく、これらを同社の営業所の賃借料や人件費等の営業経費に費消し(右経費は、同社が金地金の賃料あるいは解約によつて顧客に支払つた金員を除くと、売買代金として同社に払込まれた金額の六〇パーセントにも相当する。)残余の金員も豊田商事や亡永野一男ら役員により、商品取引の投機資金あるいは豊田商事が多数の事業を経営しているかのように見せかけるため採算を無視した形ばかりのレジャー事業への投資資金に流用されていた。

即ち、純金ファミリー契約を中心とする豊田商事の営業は、それ自体が生産的要素に乏しく、同社の説明する金地金の運用によつては、顧客に対し前記のような高額な賃料を支払うだけの利益を生み出すことが不可能であるため、早晩、破綻に陥ることが予測されるものである。仮に、これを免れるため、短期的には、新たな顧客から集めた金銭で営業を回転させていくことができても、近い将来、必然的に、右賃料の支払に窮し、顧客からの申出による金地金の返還もできない事態に立ち至ることが予想されるところである。

4  純金ファミリー契約の勧誘の詐欺性

右のとおり、純金ファミリー契約は欺瞞に満ちた危険性の高い取引であるにもかかわらず、豊田商事は主として法的知識や金地金取引の事情に疎い主婦や老人に対し、これらの事実を秘したうえ、営業社員やチラシによつて「金は価値が下ることはないから財産保全に最適である。」などと説明して金地金の購入意欲をそそり、次いで「当社へこれを賃貸すれば、一般の金利より高利の賃料が得られるし、賃貸借期間経過後は何時でも金地金の返還が受けられる。」「金地金の現物はスイス銀行に預けてある。」などといつた説明を加えて純金ファミリー契約の勧誘を行い、これら顧客をして容易に錯誤に陥らせていた。

5  本件取引の経過

本件の契約は、右のような豊田商事の商法に従い、被告森及びこれと意を通じあつた豊田商事名古屋支店の部長沢田某らの執ような勧誘により、老令で法的知識にも疎い原告が、純金ファミリー契約は安全確実に元本の保証された有利な投資であると誤信した結果締結されるに至つたものであるが、その経過は次のとおりである。

(一)  被告森は昭和五八年三月二一日ころ、予め豊田商事の女性社員から電話で金の購入を勧めておいた原告を訪ね、金は物価の上昇以上の割合で値が上るし、いつどこでも換金できるので利殖に最適である等と、長時間にわたつて強く金購入を勧めたところ、原告もその気になつて翌二二日金を購入することになり、被告森とともに東海銀行へ赴いて定期預金を解約し、豊田商事名古屋支店において金一キログラムを購入する契約を結んだ。ところが、金の現物については、被告森やその他の従業員らが「泥棒が入るといけない。」とか「現物を預けておいた方が配当がよい。」等と純金ファミリー契約を結んで金現物を預けるように勧めたため、原告も同契約に応じ、結局、前払賃料を差し引いた金三〇二万一三二〇円を支払つて純金ファミリー証券を渡されただけで金現物の引渡しは受けなかつた。

(二)  被告森は、その翌日にも原告を訪ね、「子供が三人いるなら三人の子供に買つてあげた方がよい。」等とまたも金の購入を勧め、原告もその気になつて被告森と同道のうえ郵便局で定額貯金を解約して五〇〇グラムを購入する契約をしたが、この時も同名古屋支店において部長沢田某から純金ファミリー契約の有利性を強調され同契約に応じ、前同様純金ファミリー証券を渡されただけで金現物の引渡しは受けなかつた。

こうして、被害一覧表記載のとおり昭和五八年中に被告森及びその上司らは原告に合計2.5キログラムの金購入とこれに伴う純金ファミリー契約を結ばせ(なお、五月一一日購入分のうち二〇〇グラムについては、一旦原告に現物が渡されたが、同月一九日被告森やその上司の強い勧誘により、前払賃料金六万六〇〇〇円で純金ファミリー契約に切り替えられた。)、これに従い、原告は豊田商事に対し同表記載の代金を支払つた。

(三)  昭和五九年三月になると、一年前に契約した前記純金ファミリー契約の満期が到来したが、被告森やその上司らはその前後ころから引続き金の購入と純金ファミリー契約を強く勧めたことから、原告もこれに応じなければ先に支払つた代金の返還も受けられないのではないかと危惧したこともあつて、この勧誘に従い、更新に伴つて支払われた別紙受取賃料一覧表記載の賃料の一部と原告の新たな出捐分を加えて次のとおり金購入並びに純金ファミリー契約を結んだ。

即ち、昭和五九年三月二日に前年三月に契約した合計二キロ分を契約更新することによつて金九〇万円の賃料を受取れることになつていたことから、これで支払うことにして被害一覧表六記載の純金ファミリー契約をし、更に残つた賃料についても、被告森の強い勧めで同表七、八の同契約を結んでその支払に充てた。同年五月七日同表五の契約を更新し金二〇万二五〇〇円を受取つたが、同年九、一〇月には第一生命保険からの借入金等をもつて、同表九、一〇の純金ファミリー契約を結んだ。昭和六〇年二月一日、同表六の契約が一年契約であつたため、あらためて期間五年金額金一八万七五〇〇円の契約に切り替えたが、その際金三万七五〇〇円の前払賃料を受取つた。同年三月末には、金九〇万円の賃料が入ることになつていたことから、同年三月一日同表一一の純金ファミリー契約を交し、このあとこの契約分を差引いた賃料を受取つた。同年四月三日前年契約した同表七の賃料金四万三五〇〇円を受取つた。

(四)  結局、原告が豊田商事に支払つた金額の合計は、受取賃料をもつて支払に充てた分を含めると金九三四万一九八〇円であり、純金ファミリー契約の賃料として支払をうけた金額の合計(同契約に再投入した分を含む。)は金二一四万九五〇〇円であつて、その差額は金七一九万二四八〇円となる。また、昭和五九年夏以降に新たに純金ファミリー契約を締結するために出捐した金額は金九三万五六四〇円である(被害一覧表記載の金購入と請求原因3(二)(三)に記載の純金ファミリーの各契約を締結したこと自体及び原告の支払つた代金額については、原告と被告森の間では争いがなく、また受取賃料一覧表記載の賃料が支払われたことについては同被告も明らかに争わないところである。)。

以上の事実が認められるところ、被告森本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

三責任

1 被告石川は、右のとおり豊田商事の実質上の経営者として、純金ファミリー契約なる違法な商法を案出したうえ、これを営業社員らをして実行に移した結果、原告らに対し損害を生じさせたものであるから、民法七〇九条によつて原告の被つた損害を賠償する責任のあることは明らかである。

2  被告森は、豊田商事の一営業社員として、同社の説明を信じて行動したにすぎず、純金ファミリー契約の欺瞞性については思いもよらないことであつたから、責任がない旨主張するところ、被告森は顧客を勧誘し、その上司らと協力して高額の純金ファミリー契約を結ばせ、長期にわたつて多額の金員を預託させることを職務としていたものであるから、自己の扱つた顧客に対し、損害を与えることのないよう常に注意を払い、もし、そのような危惧のある場合には、その置かれた地位において可能な限度で、情報を収集する等して調査を行ない、もしそのような事態の予想されるに至つた時は、顧客の損害を回避するために速やかに対応措置をとるべき義務があるというべきである。

(一)  しかるところ、〈証拠〉によると、被告森は、昭和五八年一月一〇日豊田商事の給与が基本給歩合給ともに他会社に較べ高額であることにひかれ、金販売の営業社員として同社に就職し、金販売についての一応の指導をうけたのち、営業活動に従事するようになつたこと、その指導の内容は、せいぜい金購入が一般の預貯金に比してはるかに有利であり、特にインフレに強いという程度のものであつて、純金ファミリー契約については、現物の購入を勧誘した営業社員の上司がこれを勧めて手続をするから上司に委せるようにというものであり、同契約によつて預つた金現物ないしはこれに見合う金員がどのように運用されて利益を生む仕組になつているかということについては全く知らされていなかつたこと、被告森が初めて原告に金の販売を勧めて購入契約に至つたのは、入社後二ケ月位のことであつたことが認められ、また、原告との最初の契約時点ころにおいては、純金ファミリー契約の前記欺瞞性につき一部の専門家の間ではその問題点の指摘がなされていたとしても、本件全証拠によつても、この時期それ以上に世間一般の関心を呼んでいたとか、新聞等でこの欺瞞性について取上げられていたとかの事実は窺われない。加えて、先に認定のとおり、原告に純金ファミリー契約の内容について説明し、積極的に勧誘をしたのはもつぱら沢田某その他の被告森の上司であり、同被告は勧誘の席に立会うという端役的役割を分担したにすぎなかつたことからすると、最初の純金ファミリー契約締結及びそれから数か月位の短期間の間において、同被告が前記の欺瞞性に気付いたとはにわかに認められず、また、営業社員として要求される前記注意義務を怠つていたとすることにも躊躇せざるをえないところである。

(二)  しかしながら、〈証拠〉によると、昭和五八年中には、純金ファミリー契約を結んだ顧客と豊田商事との間で代金の返還を求める訴訟が各地に相当数係属しはじめ、また、弁護士を同行して同契約の解約を求める顧客が名古屋支店においてもみられるようになつたことや、被告森も昭和五八年八月ころに豊田商事の商法は詐欺まがいであるとの新聞記事を一度目にしていること、このような状況の中で、名古屋支店においても、幹部職員が不安を抱く営業社員に対し、豊田商事は多数の弁護士の指導を受けており、純金ファミリー商法は決して違法ではないとの説明をしたり、昭和五九年夏ころには、当時豊田商事の商法を厳しく批判していた名古屋の岩本弁護士がその趣旨の解説記事を新聞に連載執筆したため営業社員間に動揺が生じたことから、同弁護士はやがて業界から排除されて立直れなくなる等という同弁護士に対する非難を行つていたこと、そのころには、純金ファミリー契約を指弾する新聞記事が右以外にも時折見られるようになつて、被告森もこれに気付いたことがそれぞれ認められる。更に、被告森自身もその業務に習熟するにつれ、顧客の購入量に見合うだけの金現物が名古屋支店には勿論のこと、豊田商事の本支店をつうじても保有されていないことに気付いた筈であり(この点につき、これと異る被告森本人尋問の結果は措信しない。)それ故にこそ、満期がきても契約更新を強引に勧める商法がとられ、被告森も、昭和五九年夏ころからは更新ができないと上司から厳しく叱責されるという社内状況であつたことをその本人尋問において供述しているところである。

一方、〈証拠〉によれば、被告森の給与は、入社当初は基本給月額二五万円とこれに加えて純金ファミリー契約の契約高に応じて支払われる歩合給からなり、他会社に較べてかなり高額であつたこと、これら従業員の給与の他に、豊田商事では、純金ファミリー契約を獲得するために多額の経費をかけており、倒産直前の昭和六〇年にはこれが契約高の約六〇パーセントに及んでいたが(この点は先に認定のとおりである。)、被告森も名古屋支店におけるこのような営業経費が同年には契約高の三五パーセント位に達していたと考えていたことが認められるところである。そうなると、誰の目から見ても純金ファミリー契約の満期時における償還は極めて困難であつたというべく、この点につき、被告森はその本人尋問において種々弁解するけれどもいずれも納得できるものではない。

(三) 以上の諸点を綜合して考えると、被告森も入社して一年も経たころには、純金ファミリー契約の仕組や資金運用の実態について、たとえ漫然としたものであれ、何らかの不審の念を抱いても、決して不自然でない状況に至つたと認められるところであり、進んで岩本弁護士に対する前記非難のなされた昭和五九年夏の時点においては、同被告も純金ファミリー契約の欺瞞性を認識していたか、あるいは通常人としての良識をもつてその職務にあたつていれば、その欺瞞性と本件契約の違法性に容易に気付くことができる状況にあつたというべきである。そうすると、昭和五九年の夏以降、右の認識がなかつたとしても、それは同被告が漫然と職務に従事してきたためか、あるいは意識的に欺瞞性に関する情報を排除してきたことによるものといわざるをえず、いずれにしても右の義務を懈怠してそのような認識に至らないまま、その上司ともども本件各純金ファミリー契約を実現した責任があるとの結論に達する。従つて、被告森は民法七〇九条に基づき原告の被つた損害を賠償する義務がある。

3 右被告両名の各行為は故意過失の態様を異にするとはいえ純金ファミリー契約の名のもとに原告から金銭ないしは一旦売渡した金現物を取得するべく行われた一連のものであつて相互に密接不離の関係にあるから昭和五九年夏以降は被告両名間に共同不法行為が成立し、その損害賠償義務は不真正連帯の関係にたつところである。

四損害

1  〈証拠〉によれば、豊田商事は昭和六〇年七月に倒産し、このため原告が純金ファミリー契約で支払つた金額の償還を受けられなくなつて、これと同額の損害を被つたことが認められる。従つて、被告石川は原告の支払金額(受取賃料からの分を含む。)と受取賃料全額との差額金七一九万二四八〇円を賠償をする義務がある。また、被告森は、前記のとおり昭和五九年夏以降に純金ファミリー契約のために出捐した金九三万五六四〇円を賠償する義務がある。

2  本件訴訟の難易度、被告らの応訴態度等本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告の弁護士費用のうち、被告石川は金七〇万円を、更に両被告連帯で金一〇万円を原告に賠償させるのが相当である。

3  原告は、被告らの不法行為により精神的苦痛を受けたとして慰藉料の請求をするけれども、原告の被つた前記財産上の損害の回復に加えて、慰藉料の請求をできる程に精神的侵害を受けたことを認めるに足りる証拠はないので、右請求は肯認できない。

五結語

以上判断のとおりであるから、被告石川は原告に対して金七八九万二四八〇円並びにこれに対する不法行為の最終時点である昭和六〇年三月一日から支払済みに至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、被告森は原告に対して金一〇三万五六四〇円並びにこれに対する前同様昭和六〇年三月一日から支払済みに至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務がある(被告森の損害賠償義務は前記のとおり被告石川のそれと不真正連帯の関係にたつ。従つて、被告石川が単独で支払義務を負うのは金六八五万六八四〇円となる。)。よつて、原告の被告両名に対する請求を右の限度で正当として認容し、その余の請求をいずれも失当として棄却することとし、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮本増 裁判官福田晧一 裁判官佐藤明)

別紙被害状況一覧表〈省略〉

受取賃料一覧表〈省略〉

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